絵馬-龍・蛇系

古代の人々は蛇を畏れながらも同時に崇拝していました。
その理由は、脱皮による再生現象、毒を持つ強さ、農耕害獣である鼠の天敵…などです。
でもホンネでいうと一番の理由は男根との相似…そうです、セックスは豊饒・豊作に直結しているのです。

日本では山の姿も大蛇(おろち)にたとえられていました。
雄々しい山並みは動的なも大蛇、優雅な山容はとぐろを巻いた大蛇の姿です。
やがて中国の影響で大蛇は龍と同一視されます。急流や滝、湖沼は龍神・水神の棲処となります。
ですから、人々は水の恵みを山に祈り、水害が起きないよう竜神や水神に祈ったのです。

仏教が入ってきますと、インドでは蛇行する大河の神格であった弁才天が龍神・水神信仰と融合します。
ですからわが国の蛇と龍、水神、弁才天の信仰的原点は同じものなのです。
やがて豊饒をもたらす地母神としての弁天は弁天として財宝を司る神として七福神の一員となるのです。


箱根神社の絵馬。
芦ノ湖の地主神(天津神が降臨する前までこの地を治めていた神)は九頭龍だったということです。
その関係で弁財天が祀られています。
ちなみに戸隠山の地主神も九頭龍で、やはり本地(仏教サイドから見た本来の仏神)は弁財天です。

東京都港区南麻布にある廣尾稲荷神社の絵馬。
この龍は、拝殿の天井板に描かれたもので、日本画の先駆者、高橋由一画伯の日本画最後の大作といわれています。
ちなみに廣尾稲荷神社は、商売繁昌、五穀豊穣、火伏の神としての信仰も集めています。

戸隠中社の社殿の天井にも龍の絵が描かれていました。
こちらは狩野派の絵師、河鍋暁斎(狂斎とも)が慶応元(1865)年に神託を得て(というか、酒をあおって)一気に描き上げたといわれています。
もちろんオリジナルは消失したのですが、デジタル画像処理によって再現されたそうです。
これも戸隠神社奥社の絵馬。
ここには九頭龍が祀られていますが、絵馬の龍の頭は一つだけ。
上記、中社の天井に描かれた龍がモデルなのでしょうが…かつては毒を吐いていたという迫力はすっかり消え、可愛らしいお姿に…
熊野那智大社の絵馬。
これは十二支シリーズの一枚。しかし、ここには龍神である那智の滝がありますので他の絵柄には目もくれず、これを迷わず入手しました。手書き風で気に入っています。

井の頭弁財天の絵馬。
弁天さまの正体はかくのごとく龍蛇族なのです。
蛇と財宝の信仰そのままに、 宝珠、財宝の入った袋、倉の鍵がちりばめられた、めでたいデザインです。

江ノ島の弁天さまです。
後に載っている二人の子供は、弁財天の眷属(童子)で、本来は十五童子いるのですが、龍を気遣ってか代表だけが付き添っています。

上野・不忍池(しのばずのいけ)の辨財天。
龍蛇の絵ではありませんが、弁天さまシリーズとして紹介しました。

長野市善光寺の近くにある刈萱堂の絵馬。
やはり白蛇です。
刈萱堂といえば、親子対面悲話で有名なのですが
そんな哀愁を吹き飛ばすかのごとく、
打ち出の小槌+小判というゴージャスさ。
神社名が入っていませんが、村山浅間神社社務所の段ボールの中に入っていた一枚です。
業者が見本に置いていったものと思われますが、図柄が気に入ったのでいただきました。
宝珠+小判+梅+笹というデザインも豪華です。

東京都田無市(現在は西東京市)の田無神社には四体の龍が祀られています。
で、大黒天も祀られています。
ですからこのようなデザインなのです。

通称・目黒不動とよばれているが滝泉寺というお寺。滝があるから龍がいます。江戸時代には上野・寛永寺の末寺として高い格式を誇っていた。門前には料理屋や茶屋が建ち並び、庶民の遊び場でもあったらしい。
箱根芦ノ湖の祭神・九頭龍です。もちろん本地は、このページトップでご紹介した弁財天ですが、仏教や修験が入る前は、芦ノ湖を住処とし、大湧谷で毒を吐く、この九頭龍こそが原始神道で祀られていた土地神であったに違いありません。
   
   
   
   

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