飯縄神社奥宮(本宮)
| 所在地 | 長野県飯綱山山頂 |
| 祭 神 | 飯縄大明神(いづなだいみょうじん) |
| ご利益 |
〔飯縄祭文:室町後期・叡山文庫より〕 |
●上の写真、中央部分のくもりはカメラのレンズ内部に湿気が入ってしまったためと思われます。
飯縄大明神のイタズラかもしれませんけど…●上記「飯縄祭文」を見ると、この神が戦(いくさ)の神として多くの武人に信仰されていたことがわかります。飯縄信仰は戦国時代の修験武将だった千日太夫親子によって確立されたことからもうなずけます。ただ、この法を成就するためには女性を避けるなどの厳しい修行が必要とされました。本尊の姿は「狐に乗った烏天狗(飯縄三郎坊)」ですが、実際は女夜叉であったダキニ天、弁才天、不動明王、稲荷神などの要素が加わった合体神です。詳しくは拙書「スキャンダラスな神々」をご覧ください。
●海抜2,000m弱に位置するこの社殿は大正14(1925)年に造営されましたが、雪害のため崩壊し、昭和36(1961)年に地元の有志らによって再造営され、現在に至っています。飯縄信仰は飯綱山麓だけでもそれぞれ地域によって統一性がなく、私が知る限りでも少なくとも五つに分かれていますが、現在では里宮とここ奥宮を中心にまとまりつつあるようです。戸隠神社を知っている方がここを訪れたら、さぞかしその違いに驚かれることでしょう。それもそのはずで、この神社は全て有志や氏子さん達の手作りなのです。
●飯縄大明神は武芸の神としても尊崇されていて、幕末に大ブレイクした「神道無念流」は飯縄大明神が当山で修行していた福井兵右衛門嘉平という剣術家に奥義を伝授したものと伝えられています。
●最近は高尾山から登りに来ている方も多く、高尾山の名がある木碑やおふだなどが納められています。しかし、あちらの華やかさと比較にもならぬ静寂さを見るにつけ、「信仰も営業次第なのだな」と思わざるを得ません。
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社殿の内部。参拝者や氏子さん達が思い思いの物を供えています。 積雪に耐えるよう、コンクリートで頑丈に作ってあり、いざという時には避難所にもなりそうです。 |
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明治18(1885)年の銘がある飯縄神木像。高さは30cmちょっと。狐に乗り、背中に翼、顔には嘴、右手に剣、左手に綱を持つオーソドックスな飯縄神像です。社殿の中とはいえ、直接外気に触れる環境にあるので大分古びています。 |
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こちらの石像は高さ60cmほど。仏式というより古代日本風の衣装を身につけています。先日訪れた時('07/7/21)には高尾山火渡り祀りのおふだと高尾秀峰会の板碑が供えられていました。 |
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こちらも高尾山と係わりのある奥宮一の鳥居。南登山道を登り始めてまもなくの場所にあり、最近立て替えられた。額幣には「奥宮一の鳥居 大本山高尾山貫首隆玄」の名があります。 |