猿田彦大神
巣鴨猿田彦庚申堂

所在地 豊島区巣鴨
祭 神

大己貴神、猿田彦大神、少彦名神、青面金剛

ご利益 長命、疫神退散

正式名称は「巣鴨猿田彦庚申堂(すがもさるたひここうしんどう)」。
巣鴨地蔵通り商店街(旧中山道)の一方の端、都電荒川線「庚申塚駅」前に鎮座する小さなお社です。
駅名からおわかりの通り、ここは「武州豊島郡巣鴨庚申塚」として江戸時代にはよしずで囲んだ「団子茶屋」という有名な茶店のある場所でした。

狛犬の代わりに猿神が左右にいますが、これは明治の初期に近辺の有志が千葉県銚子市の猿田神社から猿田彦大神を分祀してからのことだそうで、祭神の猿田彦大神にちなんで「お猿さん」を祀っているようです。

猿田彦大神は神話に登場し、天孫降臨の時に天の神々の通り道に立ちふさがっていた神ですから、直接「お猿さん」とは関係ありません。むしろお神楽などでは天狗の面を被っています。
その時、この猿田彦をお色気で悩殺したのが、かの有名な天鈿女命(あめのうずめ)という女神です。彼女の魅力に降参した猿田彦は天の神々を高千穂まで道案内します。
このことから猿田彦は「道と境界を守る神」つまり道祖神として信仰されるようになるのですが、これが庚申信仰と一緒になっていくのです。
庚申とは十干十二支の思想からいう「かのえさる」の日のことです。この申(さる)=猿と猿田彦が一緒になったわけです。

庚申の日の夜、人の体内に棲む三尸(さんし)という虫が、その人が寝ている隙に天に昇り、天帝にその人の日頃の罪を告げる…すると天帝は罰としてその人を早死にさせる…という信仰が古代中国にあったといいます。
ですから庚申の夜、人々は三尸が体から抜けでないように庚申塔の前で徹夜で祭事(お喋りや飲食)を営むという風習が最近まで各地に残されていたようです。
しかし、この「三尸の虫」説を否定する研究者も多くいます。つまり庚申の夜に仲間(講)の人々が庚申塔の前に集まったり、誰かの家に集まったりするのは、他の理由があった、というのですが、この話は長くなるので別の機会にいたします。

下にはそれぞれ見ザル(猿)、聞かザル、言わザルが彫ってあります。これも一種の庚申塔ですが、多くはただ「庚申塔」という文字が彫ってあったり、青面金剛が彫ってあったりしたものです。
次ページの蛸薬師に掲載した青面金剛タイプの庚申塔と比較してください。

明治以降、猿田彦大神が祀られるようになりましたが、かつてはずいぶん立派な庚申塔があったようです。
つまり、庚申の夜、ここは庚申(こうしん)ならぬ公認の夜遊びスポットだったというわけです。

『江戸名所図絵』は江戸時代の観光案内書でした。その本にも描かれた絵と同じものが石碑になっています
茶店が描かれ、なかなかの賑わいぶりです。右上に「巣鴨庚申塚」と書かれています。

向かいの小さな店にお猿の縁起グッズが売られていました。孫悟空みたいなお猿さんもいます。

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